| 2007年06月29日 |
PAOS代表中西元男論(9)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1985年 日本電信電話株式会社
わが国の電気通信事業は115年間官営業で続けられてきた。それを時代の流れからわが国最大の民間企業として再生させ、独占から競合体制へ移行する経営環境の激変を実施した。それまでは電話料金すら必要出費に応じて決めればよかったお役所体質の一変は、職員の大部分に「ナゼ?」の反意を抱かせた。実は電電公社におけるCI導入の最大の解決課題はこの意識改革・体質改善にあった。時の真藤恒総裁へのPAOSの提案は「従来の公社を象徴する一切イメージ要素を変更し、周りの見る目を変えて問いかけを起こすことで内部の人心を動かそう」とのインダイレクト・コミュニケーション戦略の展開であった。NTTというブランドもダイナミックループと名付けられたシンボルマークもこうした背景のもと誕生していった。
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| 2007年06月28日 |
株主総会
昨日、410社の3月決算の株主総会が開かれた。
いくつか注目された株主総会の中でHOYAによるペンタックスへのTOBがペンタックスの株主総会で決議。このTOBは7月3日以降に開始ですが、プレスリリースだけを追っていくだけでも、TOB完了後の姿が見えてきます。次回以降、機会あることにコメントしたいと思います。

五十嵐二朗 シェーンブルクへの道(ドイツ) 創徳企業情報所蔵
創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月27日 |
PAOS代表中西元男論(8)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

日本中心の経営方針である総合商社から国際総合企業へ。世界8ヶ国語表示の新企業理念の制定、世界統一ブランドITOCHUの策定。
繊維商社・総合商社を経てその先の企業体のあり方を探っていた伊藤忠商事は、「国際総合企業」のキーワードを掲げ、新しい全地球型・全方位型ビジネスの企業存在を目指し、存立の根底から洗い直しを図るための新理念構築からなるプロジェクトを依頼。その結果、全世界5,300人余の参加提案者の意見を聞き、最終的に8カ国語で表示された新企業理念を制定。加えて新コーポレートブランドを核とするVIを開発。800社(当時)を超える事業会社のグループアイデンティティシステム等も策定していった。
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| 2007年06月26日 |
米投資ファンド スティール・パートナーズ
ブルドックソースは24日の定時株主総会でスティール・パートナーズに対抗するため現経営陣が提案した買収防衛策が特別決議で承認された。スティールは発動差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請し、週内にも発動の是非について司法判断がくだる見通し。発動されれば、世界でも珍しいケースとなる。(日本経済新聞朝刊2007年6月25日)
「国の安全保障に関るような防衛産業はもちろん、ブルドックソースのような地
場産業は守るべき。日本は第2位の経済大国。簡単に規制はできないが、短期資本の急激な参入は規制すべき」(前・経済財政諮問会議議員の牛尾治朗氏)同じくスティールに筆頭株主として株を持たれているグローバルマーケットに進出しているキッコーマンは戦わざるを得ないが、地場産業だけで生きている会社は日本の地場産業を保護する観点から外資の介入は何らかの方法で守ってやらないといけないと思う。日本が金融大国を目指すなら、日本から海外への資金の流れははもちろん、海外から国内への資本をもっと導入させるような金融インフラを整備しなければならない。『特集、ファンド資本主義の功罪を問う!』(財界2007年7月10)
スティールは経営に興味なしとのコメントで、ブルドックソースが定時総会で特別決議での賛同を取り付けている。マネーゲーム化したファンドと相当の対価を払ってまでTOBを阻止した現経営陣。結果は5年後。歴史は繰り返す。
そういえば、この会社90年のバブル期一株4300円の高値をつけ買われた背景も
今回の米国のファンドとなんら変わってない・・・と思われますが。
グローバル化するなかで東京証券取引所の意義。そこに企業を公開(IPO)する意義。一国の経済運営にも破格の影響力を持つファンドの存在。待ったなしの時代だ。

入江 観 ドウメニル湖の樹 創徳企業情報所蔵
創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月25日 |
PAOS代表中西元男論(7)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1981年 三井不動産販売株式会社リハウス営業部
わが国初の「の」入りブランドは、苦肉の策の所産でもある。旧財閥三井グループでは「三井」というブランドを使用できるのは、持ち株比率が60%以上の企業に限るとの内規があった(当時)。このフランチャイズシステムの個人住宅売買仲介ビジネスは、三井側の出資比率が35%しかなかったが、高額商品を扱う信頼上どうしても三井ブランドを使用したいという願望があった。そこで当時の三井不動産 坪井東社長と相談しながら生み出したアイデアは、ブランドに「の」を入れ商号委員会を通過させようとの斬新な策であった。結果、誕生したのが「三井のリハウス」ブランドである。
初代リハウスガール:宮沢りえの人気爆発もあって、またたく間に業界の代名詞とも呼べるブランドとして知れ渡っていくこととなる。
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| 2007年06月22日 |
夏至
日出 4.26
日入 19.00
月出 11.22
月入 23.33
一年で一番、昼間が長い日。
昨日も別の上場会社のトップミーテング。予定通り約1時間30分で終了。決算
説明会、アナリスト説明会で買い手側の上場企業の社長、企画担当役員も揉ま
れているせいか小気味よく自社の事業戦略、M&A戦略の説明。
対する相手は若手経営者。取り急ぎ会社を手放す必要も無く、きっちりと収益を上
げている。将来を見据えて今回のトップミーテングへの参加。
このミーテング仕切っていての実感は、M&Aが普段着になった・・・と云う事
です。

山本貞:昔からの村 創徳企業情報所蔵
創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月21日 |
トップミーテング (95%のプレゼン、時間)
いよいよキックオフ。この案件は片方の経営者は私が証券時代からのお付き合い
のオーナー。幾つかのM&Aを実践され成功。その後、御自身の会社も上場し上
場企業同士合併された人。利ばかり追っていたらとてもまとまらなかったM&A。
市井のスーツを着た自分の能力を良く知っている名経営者。
誰も手を出さない再生絡みの案件では、従業員の雇用を第一として即断・即決。今
はその従業員が主力。これはそんなに簡単にできるものではありません!
明るく、気さくで、ひとなつっこく、くよくよしない。交渉の達人!
脳の回路が分っている人との間に入っての交渉はおもしろい!次の手が何手先ま
で読めるから。15年ぶりの2度目のM&A。宜しく願います。
かくして2時間20分の両者のトップミーテングは相手側若手経営者が喋った時間
比率5%、名経営者95%となり、昔も今も名経営者の行動は一緒でした。(笑)
創徳企業情報 宇都宮徳治

白椿:大隈庭園 撮影者:宇都宮 徳治
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| 2007年06月20日 |
PAOS代表中西元男論(6)
http://www.paos.net/昨日も表参道のPAOS中西元男事務所に訪問、貴重なお話を伺う。CI導入候補企業についてのご提案。
それぞれの企業の会社概要書を、じっくりと覗き込み、何か考えている様子。
暫しの間・・・
私にとっては非常に良い空気・空間でしたが、すいません!私が喋り過ぎでした。
私にとっても、創徳企業情報の次のビジネスの広がりとして、経営上の一大関心事。
これからも中西元男代表には、ずーと最高の仕事をしていただくために、不躾かもしれませんが、どしどしご提案をさせていただきます。
創徳企業情報 宇都宮徳治
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

素材開発のチャンピオン、21世紀へ向けて独自の企業価値意識と構造の変革を。
依頼を受けた当初、東レはあり余る開発力をビジネスにどう活かしていくかの風土とマーケティングマインドに欠けていた。この稀なる優良企業の能力をどうすればより事業的に花開かせることが可能となるか、「東レ型CI」は「新しい東レ」を考える全社員運動の上に、「新創業」として結実した。それは人々の豊かな暮らしを導く価値を創造するという企業目標の象徴行為が、新理念の策定と「東レ」から「TORAY」へとコーポレートブランドを変えた新しいシンボルデザインの開発導入である。これによって新TORAYは従来型の川上素材産業にとどまることなく、川中・川下型産業としての拡がりを持つ意識体質への企業変革を目指し、理念開発に始まる新アイデンティティの確立を推進していくこととなる。
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| 2007年06月19日 |
都築幹彦氏(元ヤマト運輸社長)
顧問先の小林合同会計事務所の講演会に元ヤマト運輸社長、都築幹彦氏が講師としてお越しになる。
マスコミや各種セミナー等では触れられていない貴重なお話が聞けて、大変参考になった。
宅急便事業参入時の成功確率は約20%程度。宅急便初日の取り扱い個数はたったの2個。6-7年の長いトンネルを抜け、参入から30年後の現在は、郵便局の取り扱い個数2億-3億個に対し、ヤマト運輸は12億個。
まさしく宅配事業と云うマーケットを切り開いた開拓者。
当時約4000人の従業員をかかえ、法人顧客営業から個人顧客営業に一代方向転換を計る時の社内・組織の反発。この壁をやぶる事が、なによりも最大の難関。
会社、組織はそう簡単には変わらない。しきりに云っておられました。
もうひとつ経営で一番大切なことは、顧客との信頼、取引先との信頼、そして何よりも従業員との信頼。これが一番だと・・・
小倉2代目社長のもと、経営陣として歯に衣着せぬ発言。
日本の喜劇王、エノケンがおじさんにあたるとの事。江戸っ子の話しぶりも好感でしたが、78歳のお年で1時間40分立ち続けでの講演、体力に脱帽。


創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月18日 |
調印と週末のゴルフ
上場企業同士のM&A案件の調印。
多少いらいら気味でしたので、週末ゴルフ。
ワンランドハーフ周る。
歩数、19863歩。
体が疲れると、よく眠れるものです。
その後夜は爆睡。
さて、今週も次のトップミーティングだ。



創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月15日 |
PAOS代表中西元男論(5)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1982年 株式会社ケンウッド
かつてわが国オーディオ御三家の一角を占めたトリオは、極端な経営不振に見舞われていた。石坂社長(当時)より直々に依頼を受けたPAOSでは、企業ブランドをKENWOODに変更する提案から始め、同社を、若者たちから圧倒的支持を受け、世界的にもかつ高イメージの企業に育て上げた。同時に、5年で売上げを倍増する軌跡の蘇りプロジェクトを演出した。CIサクセスストーリーの神話とまで呼ばれる。
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| 2007年06月14日 |
PAOS代表中西元男論(4)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1984年 株式会社ブリヂストン
創立50周年を期しての同社CIプロジェクトの依頼を受けたPAOSでは、緻密な調査分析の上に立って、「ブリヂストンは拡がる、世界へ、生活へ」のCI目標を掲げた。80年代初頭のブリヂストンタイヤは、日本では圧倒的に第一位のタイヤメーカーであったが、国内では次なる事業の柱が求められ、国際的には世界一位のタイヤメーカーを目指そうとの目標を立てた。まずビジュアルイメージの確立とブランド戦略を先行させ、これに牽引される形で企業実態が追随していく戦略策定を行い、優れた世界的なイメージ管理のもと、後にこの大目標達成の企業実態を造り上げていった。
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| 2007年06月13日 |
日本橋高島屋界隈

創徳企業情報、社長室からの眺め
コレド日本橋、丸の内トラストタワー、丸の内オアゾ等、だんだん金融センター化し日本橋高島屋、丸善界隈も変わりつつあります。
昼休み、日本橋丸善ビル前で証券会社時代の先輩とばったり会い、桜道り横の中華屋へ。
私が入社まもない札幌時代の北海道神宮円山寮での時、T先輩が東京本店営業部から着任、東大出身のT先輩の同期は早くも退社してしまったので、寮での唯一の先輩。レスリング部キャプテンだけあって粘り越しの営業で稼いでいました。いろいろお世話になりました。
冬、晴れていれば、大倉山のジャンパーの跳ぶ姿が小さく独身寮から観えました。
チャートのつけ方を丁寧に教えてくれた、T先輩。たまプラーザの初代支店長、
生まれ故郷の旭川の支店長。破綻後のメリルの札幌支店長。再度東京で復活!
今は創徳企業情報の事務所の向かいのビル、N証券でファイナンシャル・アドバイザーとしてあいかわらず稼いでいます。
2人のお子さんが高校と大学進学の大変な時、破綻を乗り越え頑張った先輩!・・おやじ!?
お客を持っていれば所属している会社名は関係ない。いつでも、何処でも食っていける!この仕事が好きで、たぶんこれからもし続けるT先輩!
顧客の資産運用はピカイチですが、自分の資産運用で投資した株は時価が半値となり
「俺って、相場上手いなー!(笑)」とT先輩
「そうです、昔からです・・・・」と私。
典型的な証券マン。昼食時間も、食後の喫茶の時間をたしてもわずか35分。
株屋の早めし。
今後の新興市場の相場観聞きました。客を持ち、たえず相場を見ている人の見方は
相変わらず大変参考になりました。有り難うございます。
創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月12日 |
PAOS代表中西元男論(3)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1985年 株式会社INAX
伊奈製陶はINAXへの社名変更、VI開発から文化戦略に及ぶ7つの目標を掲げたCI戦略プロジェクトを策定し、終局的にはトイレをはじめとする水廻り事業開発を核に据え、業界シェア80%のガリバーTOTOに果敢に挑んだ。その結果、いくつかの既成概念破壊の策で、従来は日陰者であったわが国のトイレを一躍日向者の存在にし、約10年で市場規模全体を3倍にするという市場創造成果を生み出した。こうした一連の実績は、一気にINAXを先端企業・トイレ文化革命者と成し画期的に企業イメージを高め、他方で自社を地味なローカル体質企業・生産型製造業からナショナル・インターナショナルな開発型製造業に変革させた。結果は、全米400の大学で受講されたIBM社の寄附講座にケーススタディとして取上げられ、日本のCIレベルの高さを証明することとなる。伊奈輝三社長(当時)という素晴らしい先見性ある意志決定者に恵まれた成果でもある。
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| 2007年06月11日 |
中国 社会事情
日曜日の18:00、NHK総合テレビ『10海外ネット 中国“一人っ子政策”孤児の悲劇』
同日NHKスペシャル・激流中国『北京の水を確保せよ しのびよる水危機』北京・水泥棒を摘発、人工降雨ロケット農村の嘆き、はいずれも今日の中国の社会事情を良くあらわしたレポートで感心。
先月の北京出張時、人民大会堂内を案内されていた時、節電と称して結構、照明
が消されており、ここにも北京オリッピックを前にした急激なインフラ整備のしわよせが感じられた。
また中国の株式投資熱にしても、抱える問題は大きく、日中間のビジネスはじっくり進める。なんとなれば、日本のバブル経験と云う貴重な体験がありますから。

創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月08日 |
PAOS代表中西元男論(2)
株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1994年 株式会社ベネッセコーポレーション
岡山の福武書店:福武哲彦創業社長から、「地方の一受験産業で終わりたくない」と相談を受けたPAOSでは、まず第一次CIプロジェクトで≪情報化・国際化・文化化≫から成る将来の事業指針キーワードの提案を行った。10年後の第二次CIプロジェクトで企業フィロソフィーブランドは、Benesse(ラテン語で「よく生きる」の造語)とユニークなVIを開発提案し、株式公開に際しても記録的な最高値をつけることとなる。加えて、同社は瀬戸内海の直島に文化化の象徴事業ともよべる世界的なコンテンポラリーアートのミュージアム&ホテル:ベネッセアートサイト直島(安藤忠雄設計)を設けていく。これらのCI戦略の具現化の結果、同社は常に期待と憧れを持って眺められる好イメージ牽引型の企業存在となり、わが国を代表する文化オリエンティッド企業として光彩を放っていく。
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| 2007年06月07日 |
メーカー工場見学と福富稲荷
クライアントの工場見学、打ち合わせのため訪問。まさしく事業の変遷と共に工
場も移転。この福富稲荷も前工場から移設されたそうです。350年前徳川時代
の稲荷神社。縁起の良い名前。毎日総務の方が水を換えているそうです。
良いアドバイスができればと思っております。

創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月06日 |
榊

日本橋室町で創業以来、神棚の榊は毎月、1日と15日に千疋屋(現在は日本橋高島屋でお願いしています)に予約してあり、社長秘書がお勤めとして取りに行きます。
もう8年間、社長の日課として、毎日毎日朝7時過ぎに会社に来ると、私が水を換えております。信州の実家が華道師範で沢山のお弟子がいましたので、幼少の頃から生け花の素養はあり、好きです。毎日葉の部分も水に浸すのがポイント、生き生きして長持ちします。些細な事にも手を抜かない事が大切です。
この時期の榊は新芽で葉が柔らかく、季節を感じます。しかし、ここにもグローバル化の波が。中国からの輸入品が結構多いとの事。問題は葉についた農薬です。薬品の異臭で直ぐに分ります。国内での生産コストによる内外価格差、輸入品の農薬問題。ここにも今日的問題があります。
神棚には毎年、私がお伊勢参りをし、伊勢神宮、猿田彦神社からお札を頂いて来ております。神棚に関する愉快な話は結構ありますが、創業時、世界的な投資家のサイモンマレー氏(元ドイツ銀行グループ・アジア・パシフィック会長でヘンリー・アルフレッド・キッシンジャーと、マルローニの友人でもある)が事務所に来た時、創徳への出資金額の交渉後、神棚を見て神妙に手を合わせました。神棚上の雲の字を見て、この会社は間違いなく大きくなる、なんとなれば会社の中に雲があるからと(笑)・・・
創徳企業情報 宇都宮徳治
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| 2007年06月05日 |
PAOS代表中西元男論(1)
デザインを通じての超一流の経営コンサルタント。
桑沢デザイン研究所。早稲田大学第一文学部美術専修卒業。同大学院芸術学中退。卒業後、一度も会社勤め無し。
一切の営業を行なわず、今日まで40年間、一流企業からの依頼で経営者と面談。
理念が合わなければ一切、仕事をお受けしないとの事。
国内・海外の講演などで中西元男代表の理念を知り、中西氏の下で学びたいと若い20代の若者がPAOSの扉を叩くそうで、殆んどが、デザイン以外の経済学や経営学を大学で学んだ大卒、院卒の若者。
3年後、仕事人になれるかどうかの厳しい世界。
今日から、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より、輝かしい作品・実績をご紹介します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より抜粋

発表年1992年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ
PAOSでは世の中が今日のようにブランド、ブランドと大騒ぎになる前から、いくつもの著名ブランド開発やBI戦略を手がけてきた。日本移動体通信網というNTTの一事業が独立・法人化を果たすにあたりCI開発の依頼を受けたPAOSでは、「Do Communications」と「Communications over the Mobile Network」というキーコンセプトを策定した。DoCoMoは提案を依頼したネーミング専門家の一人:横井恵子さんがコンセプトの文字を組み合わせ提案を行ったもので、これにPAOSが動的で自由な個人通信時代の到来をイメージし象徴化したデザインを施し現行のユニークな表現が生まれた。独自性と親しみやすさを兼ね備えたNTT DoCoMoブランドは、流行語大賞でも表彰され、瞬く間に一人歩きする実力ブランドとして著名になっていったのである。
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| 2007年06月04日 |
CIの大御所、PAOS代表の中西元男さんに会いに行く

絶対会って話を聞いてみたい方。
もう10年以上前、証券会社で事業法人担当の時、
或る会社のパーティーで立ち話をさせていただきました。
デザインを通じて企業の経営コンサルタント、
40年でそうそうたるビックネームの会社100社のコンサル実績。
圧倒、敬服です。
コンサル実績を掲載します。
以下、株式会社中西元男事務所《PAOS》会社案内より


実は創徳企業情報の今後のビジネスの上にも大切な領域です。
詳細は次回以降折にふれ、ご説明致します。
貴重な著書、サインして頂き有り難うございます。
永年尊敬していた一流の方を紹介して頂いた、
大阪のリブドゥコーポレーション宇田社長、有り難うございます。
創徳企業情報 宇都宮徳治
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