| 2009年11月30日 |
のり
昭和30年代30億枚前後だった生産量は現在100億枚。日本人一人当たり年間77枚
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| 2009年11月27日 |
110兆円の水ビジネス
2025年には世界規模で110兆円のビックビジネスになると云われ続けましたが日本は東レ、日東電工など装置産業(膜の技術)では今のところ世界をリードしているが水の施設建設・運営、管理、料金徴収などの事業インフラではヴェオリアなど世界3メジャーの牙城で、勝てません。110兆円のマーケットで、僅か1兆円の規模。日本の技術は素晴らしいかもしれませんが、ここにもビジネスの仕組み、取り組み方に大きな問題がある。 GEがカナダの水処理会社、ゼノンなど矢継ぎばやにM&A(買収)し高機能排水浄化膜のシェア世界一になり、俄然と中国でビジネス展開を行い、水ビジネスで大きな収入源になることは間違いない。企業としての戦略の違いがここにもでている。 日本の大手商社の担当者に聞いてもプランはあるが行動が伴っていないのが現状です。石油から水資源。ここでも「和製メジャーは遠い」と感じるのは僕一人ではない。
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| 2009年11月26日 |
葛湯(くずゆ)
昔、子供の頃、誰もが味わった懐かしい味。いろいろな趣向品が出て、有り余るほど新商品がコンビになどの棚にあるが、シンプルな葛(くず)は僕にとり今年のヒット商品かもしれない。
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| 2009年11月25日 |
兄貴と国会議員
ロシア政府・財界ナンバー2との面会と出張をまえに慌ただしく話しをする二人を間に久しぶりに美味い酒を飲んだ。ちなみに三木さんのお父さんは、第67代内閣総理大臣三木武夫氏ですが、デジカメに写した画像をみて、一段とお父さんに似てきたと思う。
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| 2009年11月24日 |
7年ぶりの巨人優勝パレード
創徳企業情報の創業の地は日本橋三越、東レ本社、千疋屋、日銀本店、三井信託本店など日本の金融の発祥の地、日本橋室町でした。 小さい時、生まれも育ちも信州、長野ですが野球の放映TV局は読売ジャイアンツしか放映されず、我々の世代はみんなジャイアンツ。普段かぶる親から買ってもらう帽子もみんなGYのマーク。これが、巨人、大鵬、卵焼き、子供が大好きな3つ。 日曜の22日、連日M&AのDDスタート前の準備の為、若手メンバーと創徳の日本橋オフィスに早朝から出社して仕事をしていると、10時20分ごろ、ジャイアンツの優勝パレードが日本橋高島屋、創徳企業情報の前を通過。 創徳を創業してもう11年。日本橋高島屋、丸善、DICビル向かいに引越ししてから、巨人常勝はあたりまえと思い、社長室からパレードを何時でも見れると思いきやあにはからんや、あれから苦節7年! 仕事の合間でしたが7年ぶりにみるパレード。今年のツキ男、活躍した原監督と考えるのであれば、創徳も運気増大とのことか。 パレード、明るい事はいいことだ!
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| 2009年11月20日 |
流星
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| 2009年11月19日 |
法人税が分かれば、会社のお金の全てが分かる
公認会計士の奥村佳史さんから自著「法人税が分かれば、会社のお金の全てが分 M&Aの仕事柄、一流の弁護士事務所、監査法人、会計事務所と付きあいますが、最後は事務所よりも依頼した個人の弁護士、会計士の力量です。 それと最後は人柄。偉大なる常識人であることが僕の判断基準。
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| 2009年11月18日 |
平出遺跡と平出の泉
この頃、信州の同県人の経営者の訪問が続き生まれ故郷の郷土史など時間がある 長野県塩尻にある平出遺跡、平出の泉は小学5年か6年の1泊2日のバス旅行で行った場所ですが約40年近く僕の記憶から消されたまま。 来客された経営者の話を聞いているうちに、僕の脳にイメージされたのが「滾々と湧くコバルトブルーの泉」そして「ヒライデ」のキーワード。 大学時代、そして社会人になっても時たま夢で出てくる「透明度の高い、コバルトブルーのゾクゾクする泉」それが、なんて云う呼称なのかいつも中途半端で記憶が定まらない。 やっと解かり、それが日本三大遺跡の「平出遺跡」「平出の泉」とわかり長年の問題が一気に解けた喜びです。 長野県の県歌、「信濃の国」がいまだに若い長野県出身者に歌い継がれるくらいですから「平出の泉」発見に結びついたのかもしれません。
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| 2009年11月17日 |
亀倉雄策氏と中西元男氏
夜、パオス、中西元男先生主催の「一業一才の会」に出席する。商標権に詳しいハートライツ商標意匠事務所の金弁理士が講師。以前から知財・特許、商標でお会いした弁理士でしたが約2時間の話は充分ためになった講演でした。 会の後、リクルートの江副氏の本の中でよく出てきて江副氏も尊敬していたグラッフィック・デザイン業界の天皇といわれていた亀倉雄策氏の話を中西元男先生に聞く。 「江副さんの本の中で、亀倉雄策氏のことがかかれてますが、中西元男先生から見られて、どんな方でしたか?」と聞くと。中西先生は「亀倉先生はグラフィック・デザイン界の天皇といわれ、歯に衣着せぬからみんなから恐れられていた」 「デザイン業界で高額納税者になった唯一の方で、美術収集家としても一流の方でしたよ」と中西先生。そして、 「僕が31歳の時、出したデコマスを三省堂の方が亀倉先生に推薦文をお願いに行くと、亀倉先生は丹念に中西先生の作品を観られ、「君はCIの神様だ」といわれたそうです。 創徳企業情報でM&Aの会社の経営している僕から見て、現在一番刺激を受ける方はパオスの中西元男先生です。
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| 2009年11月16日 |
不毛地帯、沈まぬ太陽と瀬島龍三夫人
そんな他人のことと思っていた僕ですが、証券マンからM&A会社、創徳企業情報を作るとき出会い、お世話になったのが、元伊藤忠商事専務の緒方さんでした。 緒方さんの奥様が瀬島龍三氏の長女である事を後で聞き。その後、緒方さんご夫 印象的なのは、緒方さんの奥さんが、晩年の父親の瀬島龍三さん、お母様の健康 11年間母親の清子さんと瀬島龍三さんを待っていた話しなど、聞きましたが、瀬島龍三氏が亡くなられる相前後して清子さんが他界されたことが印象的でした。 赤坂プリンスのフロアーで整体の後ばったり出会い僕が「お元気ですね」と言うと、娘さんに手を引かれながらにっこりと「はい、あなたもね」と言われた白地の着物の後姿が印象的でした。
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| 2009年11月13日 |
創業者が会社を売る時読む本
「かもめが翔んだ日」江副浩正著は会社経営者、創業者(オーナー)が自分の会社を少しでも売却(M&A)を考えた時、読む本として最高であり推薦の本です。 売却先として僕が以前証券会社でM&A担当時代お会いした高丘会長(当時)のセゾングループと中内オオナーのダイエーも候補企業にあがり、その中でダイエーを選択した経緯(いきさつ)。江副創業者、位田社長、各常務の思惑、従業員のオーナーを見る視線等。また取引銀行とのM&A情報の開示時期、M&A仲介(当時の興銀からさくらBKにそして最後は三和銀行が仲介)この経緯もドラマそのもので臨場感があります。すべてが江副氏の回顧録として書かれていますから、読み物としてだけでなくこれをM&A実行までの心理プロセス・交渉術(僕の研究テーマ)として研究することが出来ます。 僕が創徳企業情報を設立した時から、創業社長(オーナー)の事業承継、M&Aを多く手掛けてきましたが(キューサイによる、らでぃしゅぼーや、シュウウエムラ等)創業社長の年齢いかんに係わらず心のなかで「会社の売却」という言葉がよぎった時点でその会社は次なるオーナーを探す船出にでているのです。 ソニー、ホンダのモノ造りのメーカーでなく、戦後の日本のサービス業で成功した会社はと聞かれれば、僕は躊躇なく「リクルート」をあげます。 「かもめが翔んだ日」のタイトルは正しく江副氏にふさわしい。
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| 2009年11月12日 |
こんなよい月を
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| 2009年11月11日 |
平成という時代
先週、宇都宮NEWS(ブログ)で取上げたリクルート問題も正しく昭和から平成に変わる時の事件でした。 平成という時代は政治も経済も激変からの幕開け。史記の語源「内平らかに外なる」と元号を初めて掲げた内閣官房長官の小渕恵三(元総理)の姿が懐かしい。
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| 2009年11月10日 |
くろがね
くろがねの秋の風鈴鳴きにけり(飯田蛇笏)
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| 2009年11月09日 |
良著は大切に
若手メンバーのY君から「日本語が滅びる時ー英語の世紀の中で」水村美苗著、 実は地下鉄の本の寄贈に間違って出してしまったらしい。 良薬は口に苦し。良著は大切に。(徳治)
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| 2009年11月06日 |
リクルートと企業遺伝子
東大の学生新聞から「広告だけの本を無償で配る」というビジネスモデル。 リクルート創業者の江副氏のビジネスモデルはこの2つだけ。 東京大学新聞社で天野勝文氏が「広告もニュース」を聞いて江副氏はリクルートというビジネスを学生時代から始めています。ドラッカーの言うまるっきり新しい技術・発見による新しいビジネスでもなんでもなく、機会に上手く会わせてビジネスを大成功させた事が一番の評価する所です。 リクルートの幾つかの事業の中で、通信事業の時間貸しでは失敗などいくつかありますが最大のものが不動産事業の「リクルートコスモス」と金融の「ファーストファイナンス」でした。 当時公開準備(IPO)をしていたのは親会社のリクルートでなく子会社のコスモス。未公開株コスモスの譲渡はそんな株式、不動産バブル絶頂期のなかでの出来事と位置づければ時代背景が良く見えてきます。 リクルート裁判中(平成4年)に江副氏の保有の未公開株(33.4%)のリクルート株式をダイエー創業者の中内功氏と直接交渉し454億8453万円で譲渡。ダイエーへの譲渡がなければ江副氏は多額な借り入れ、裁判費で自己破産でした。江副氏は創業から離れます。この経緯は江副浩正著「かもめが翔んだ日」(推薦は大前研一氏)に書かれています。当時あれほど報道批判した朝日新聞社から出ていま
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| 2009年11月05日 |
平成バブルとリクルート
江副浩正著「リクルート事件・江副浩正の真実」を読んでみて、昭和と平成の間にリクルート事件を置くと時代が良く検証できる。その後のオウム事件と並び、このリクルート問題は日本の歴史を語るうえで欠かせないキーワードであるのは間違いない。 1988年(昭和63年6月18日)の朝日新聞の記事(川崎市の助役に未公開株のコスモス株の譲渡報道)からこの事件報道がスタート。朝日新聞、アエラが特に取上げたのが印象的で、マスコの報道のあり方もその後大きく取上げられたが、いつものように咽喉もと過ぎればです。 当時僕は証券会社でM&A担当のライン課長として、現在、自民党、国会議員で内閣府大臣政務官として金融担当でもあった田村耕太郎氏と7名の部下を持ち全国行脚。M&Aの仕事そのものが面白い絶頂期でした。僕がいた証券会社の引き受け審査部、資本市場部の公開担当者(IPO)とよく話しが出ていたのが公開前の値上がることが間違いない未公開株と言う報道のされ方でした。引受け主幹事が公開した株がみんな上がるのであれば引き受け担当者も事業法人担当者、個人営業もだれも苦労しません。 改めて、平成バブルの絶頂期を思い出しました。もうこの時は「バブル」「バブルそのもの」。第一次のNTT株の売り出しでフィーバー、日本中が株は儲かると。ましてや公開株は争って証券会社に銘柄も聞かずに注文した時代でした。 1998年(昭和63年7月23日)には海上自衛隊の「なだしお」衝突事故があり、ちょうど一つM&A案件がクロージングし信州で夏休みを取っている時、TVニュースでやっていましたが、どんよりした夏の日でした。
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| 2009年11月04日 |
文化の日と亀の海
文化の日の休日、早朝、書棚の整理。読まなくなった本を創徳の紙袋2つ分(約70
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| 2009年11月02日 |
課題設定能力
外資系の日本法人社長で工学博士のA社長の新事務所に訪問した。今後の日本で
日本の若い技術者に望むことは「知性」と「好奇心」を持って「課題設定能力を M&Aビジネスを通じて日本の技術の置かれた位置、今後のものづくりなど貴重
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