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壺中対談Interview

2016.12.06
金山平三という生き方

金山平三(かなやまへいぞう)1883年(明治16年)ー1964年(昭和39年)芸大西洋画科を首席で卒業。若くして評価をされ、「雪の金山」と謳われるなど雪景の表現には高い評価を受けた。1935年の帝展騒動の混乱を機に画壇から離れた。1947年山形の大石田に拠点を移し、世俗評価を絶ち、ひとり画業に邁進した。それも東北の雪景色も全て現場主義で郊外にキャンパスを立て、描いた。その時のダンディーな金山平三の写真が笠間日動画廊にある。 25年後、66歳で画業50周年を開き、金山平三は生きていたのかとその健在ぶりを示した画家。

日動画廊で物故作家として飾られている金山平三と出会ってから10年経つ。土日、時間があると2,3時間

眺める。生身の恋愛よりこちらのほうが真剣だ。梅原龍三郎、熊谷守一ではなく、私にとり金山平三と云う生き方に共感する。そしてそれが解る年代になった。

金山平三

 

 

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